七夕の由来や成り立ちとお話の仕方

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保育園や幼稚園での行事として「七夕会」があります。私の勤めている園でも、7月7日に七夕会を行う予定です。子ども達に七夕の由来を話したり、職員劇をしたり、笹飾りを作ったり、スイカを食べたりします。

 

子ども達にとっては楽しみな行事の1つ。保育者として、行事の由来を知っておいたり、子ども達へのお話の仕方の工夫したりして、七夕会を充実した会にしたいと思います!

 

 

七夕の由来や成り立ち

七夕は五節句の1つです。五節句の「五」というのは、人日(正月)、上巳(ももの節句)、端午、重陽(きくの節句)、七夕です。(人日は「じんび」、上巳は「じょうし」、重陽は「ちょうよう」と読みます)

 

本来は「棚」と「機」・・・「たな」と「はた」・・・という字を書くようですが、7月7日の夜に神を迎えるために水上に棚作りをして、機を織る行事があり、「七」と「夕」を当てたそうです。知らなかった!

 

また、もともとは仏教行事であり、盆行事の1つだったそうです。祖先の霊を祭る前に、穢れ(けがれ)を祓い清める行事だったと言われています。つまり、中国や日本のいくつかの行事が結びついて、今のような「七夕」になったようです。

 

 

七夕の伝説

牽牛(けんぎゅう)という男の星と織姫(おりひめ)という女の星が、七夕の夜、1年に1度空で出逢います。しかし、現実には、2つの星は17億光年も離れていて永久に星が会うことはないようです。7月7日に空で二人が会うことができるようにとの願いから、中国の人が考えだした伝説だそうです。

 

 

子ども達にはこんな風にお話を!

お空にある天の川のこちら側とあちら側に、働き者の彦星という牛飼いと、織姫という機織りが住んでいました。

 

二人はとても仲良しだったので、毎日遊んで暮らしていて、お仕事をしなくなってしまいました。それを見た天の神様は怒りました。

 

怒った天の神様は、彦星と織姫を天の川のこちら側とあちら側に引き離して、会えなくしてしまいました。2人は寂しくて毎日泣いて暮らしました。そして、また会えるようにと一生懸命働きました。

 

それを見ていた天の神様は、2人のことをかわいそうだと思い、1年に1度7月7日の夜、天の川に橋をかけて会えるようにしたのです。雨が降ると会えないので、みんなも晴れるように祈っていてね。

 

また、短冊に書いた自分たちの願いも叶うように、祈っていてね。先生は「みんなが元気いっぱい、たくさん遊べますように」と願い事をしたよ。

 

 

・・・などと話しています。紙を見ながら話すわけでなく、暗記して、大体の内容を話しています。行事の由来や成り立ちを勉強するのも保育者の仕事。結構知らないことが多いので、自分自身の勉強にもなって、知識が増えるのは嬉しいです(*´∀`*)

 

4月の新年度が始まって、早くも1ヶ月が過ぎました。あっという間に1年が終わりそうですが、毎日を楽しく過ごせるようにいろいろ工夫していきたいです。

 

 

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